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昭和初期の別府へようこそ ~別府八景とは?~
油屋熊八(1863~1935)などの尽力もあり、知名度を上げた別府の新たな観光地として公開された別府。
観光地として整備が開始され、ケーブルラクテンチや地獄巡りができたため、
昭和5年(1930)に別府八景という景勝地が制定されました。
大正時代、別府の名勝開発の一環として
「海と山と街が一目の素晴らしい眺め」「豊かな自然」「人の手が加えられた見事な名所」をキーワードに制定された景勝地、別府三勝。
(仏崎公園、内山渓谷、志高湖)
これに対し「人の手による名所、人の手が加えられた名所」も対象となっているのが別府八景です。
絵葉書が作られ、別府観光の目玉であった別府八景も、戦後はだんだんと忘れられ1960年代に入ると別府八景の名を聞くことは滅多になくなります。
そんな忘れられた観光地の現在の姿を記録に残したのが本作となります。
なお昭和8年(1933)発行の別府市史P516 51節によると
【別府地区は昭和5年4月29日に別府八景選定投票募集を発表
5月31日に投票締切
6月17日に開票;高崎山など12景を候補とし八景選定審査会を組織し調査を実施。
『内務省嘱託の林学博士の田村剛にも調査を乞い、9月3日に審査会長の別府市長 平山茂八郎は別府市公会堂で審査会を召集した。
議論は容易に決まらず、委員が互いに譲った結果8景と3勝を置き、古蹟巡りコースとして10カ所を指定するに至った』
とあります。
この1月半で決定された名所が別府八景。
別府の新たな観光名所として、生まれた土地なのです。
ですが、90年近く前にそのような場所があった事は別府の住人さえも覚えている人がおらず、中には名所が消滅した場所さえもあります。
そこで、当時の写真と現在の姿を見比べ、どのような場所だったのか記録を残し、楽しい別府の観光気分を体験できれば幸いです。
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